1.憲法の統治機構論
辺野古新基地建設が決定されたのは国内法的にみた場合、2006年5月30日(小泉内閣)、2010年5月28日(鳩山内閣)の閣議決定のみだ。安倍晋三首相は2015年4月8日参議院予算委員会で「辺野古問題は国政の重要事項にあたる」と述べ、2016年9月16日の福岡高裁那覇支部判決は、辺野古新基地建設が「自治権の制限」を伴うことを明確に認めている。
したがって、憲法学者の木村草太氏が指摘するように憲法41条、92条に基づき、辺野古新基地建設は国民の代表たる国会において議論し、「辺野古新基地設置法」のような法律を制定すべきなのである。
なおこの「木村理論」に対し、「辺野古を前提とした議論だ。『辺野古新基地設置法』など構造的差別の状況下では、国会でも圧倒的少数派である沖縄はなすすべがないのではないか」という違和感や疑問を耳にする。
しかしこれは、憲法の「統治機構論」からの議論である。つまり、米軍の新基地建設を一内閣の閣議決定だけで決めて良いのか、主権者である国民が憲法を通じて国家機関にどのような権限を与えているのかという問題を提起するものだ。同時に、国会において「移設先はなぜ沖縄なのか」「本当に沖縄でなければならないのか」について合理的な説明を政府に求めることにより、沖縄に対する「差別の構造」を浮き彫りにする狙いがある。
2.SACOの原点
「差別の構造」とは何なのか。
普天間基地の返還はSACO(沖縄に関する特別行動委員会)において日米間で決定した。SACO設置の経緯について防衛省は公式にこう説明している。
「政府は、沖縄県民の方々の御負担を可能な限り軽減し、国民全体で分かち合うべきであるとの考えの下、沖縄県の将来発展のため、在日米軍施設・区域の整理・統合・縮小に向けて一層の努力を払う」(1)
しかしながら、1996年12月のSACO最終報告は、普天間基地の代替施設と称して同じ沖縄県内に新基地を建設しようというもので、SACO設置時の基本理念に矛盾している。
日米両政府が普天間基地の代替施設が必要であるというのであれば、沖縄が歴史的に背負わされた過重な負担を軽減するため「国民全体で分かち合うべき」なのだから、「沖縄以外の全国全ての自治体をまず潜在的な候補地」として、国民的議論を経て県外・国外かを決定し、解決すべきなのは本来当然の帰結となるはずだ。