「民意」と「法的拘束力」をどう捉えるか
一方で、投票結果をどう読むか(評価するか)は、それぞれの社論もあっていろいろなパターンがありえよう。
その中でのわかりやすい評価基準は「民意」と「法的拘束力」をどう捉えるかだ。投票率50%・反対7割超えを、多くの社では「明確」な民意と理解したが、一部では「広がりを欠き県民の総意とは呼べない」など過小評価をした(読売)。同様に得票40万票超えを、「4割にも満たず圧倒的な民意とは言い難い」とするのも同じ論理だろう(産経)。
法的拘束力に関しても、そのあとに続くフレーズが「だから」と「しかし」では意味合いが全く異なる。この点に関しては、「しかし」の紙面展開をした社が、いわばより沖縄への理解が深い社という判断材料の1つになるかもしれない。後述する、通信社配信の記事の見出しの付け方などにも、この認識が試されているが、当該社の沖縄への向き合い方が現れるからだ。
全国の新聞のうち40紙近くが2月25・26日に社説で県民投票に触れている。「民意の重み 受け止めよ」(東奥日報=青森)に代表されるように「民意」の尊重を謳う社が主流といえよう。さらに、「政府は工事強行をやめよ」(新潟日報)など工事の中止など、政府の対応に転換を促すものが多数であった。また、「意識問われるのは『本土』だ」(宮崎日日)など、本土側にボールがあることを示す社が多かったのも特徴だろう。
そうしたなかで逆に、「国は移設を粘り強く説け」(産経)、「着実な負担軽減へ混乱回避を」(読売)の主張が目立つ格好だ。このほか「国、県それぞれに重い意味」(北國=石川)や、「辺野古打開へ国と沖縄は対話の糸口探れ」(日経)、「県と改めて対話が必要」(大分)など対話を求めるものも少なくなかった。
なお、主要県紙のなかでは福島2紙(民報と民友)が社説で扱っていないし、紙面展開も抑え気味だ(1面での扱いもトップではなく小さい)。当日は、被災地への思いが強かった天皇在位記念式典に大きなスペースを割いたなどのせいも考えられるが、土砂投入の際も社説を掲げなかった少数派であることを勘案すると、日常的に沖縄への距離感が遠い社といえるのかもしれない。