翁長雄志が真に対決したものは

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新たな「国のかたち」を

 

こうした巨大なものと対峙するために、翁長はまず何よりも、沖縄内部の保革のイデオロギー的対立を乗り超えて、「オール沖縄」でまとまることが大事だと説き続けた。しかし、沖縄に根強く残る保革対立の壁と、中央政治との系列化の壁の双方に挟まれて、結局のところ挫折することになる。そして、共産党や社民党などを除いて国会の大多数が辺野古移設推進の立場にあるなか、しかも安倍政権が辺野古移設を強力に推し進めていくという状況のなか、翁長雄志は道半ばにして急逝するのであった。

以上、翁長が見えていた世界と彼が克服できなかったものの双方をみてきたが、これを踏まえて我々が考えるべきは、まず第1に、沖縄対本土という2項対立の構図を再検討して、それに変わる新たな構図を見いだすことではないだろうか。また第2に、これまでの「9条=安保体制」に変わる新たな「国のかたち」を構想して、その中で沖縄の過重な基地負担を解消していく道を見いだすことではないだろうか。オキロンでは引き続きそのことを考えていきたい。

*なお、ここで少し個人的なことを書かせていただきたい。筆者は翁長氏にお会いしたことはない。ただ、人づてに、『戦後日本の歴史認識』(東京大学出版会)という本に収められた拙稿「沖縄と本土の溝」を読むよう翁長氏が自分の側近たちに勧めていたということを聞いたことがある。あるいは私の歴史の捉え方やものの考え方に、どこかで共感していただいたところがあったのかもしれない。翁長氏のご冥福を心からお祈りしたい。

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