国内外における「地域間連携」の追求
また、国政では与党議員も野党議員も両方経験し、しかも小沢一郎氏の側近として中央政治の現場に身を置いた経験なども踏まえると、那覇市会議員、県会議員、そして那覇市長を歴任して県知事となった翁長氏とは、異なったアプローチをとりえる可能性も秘めている。玉城氏が選挙演説の中で、中央政治のどこにどのように働きかければ効果があるのかをみずからは知っている、と述べたことは、注目に値しよう。
玉城氏の今後の課題としては、中央政治だけでなく、地位協定の問題で全国知事会を動かした翁長氏のアプローチをさらに深化させ、市町村レベル、あるいはもっと草の根レベルにまで行動の幅を広げていくことであろう。また一方の当事者であるアメリカを動かしていくために、ワシントンだけでなく同国の地域レベルにまで働きかけを行うという当選時の玉城氏の発言は、注目に値する。つまり、国内外における「地域間連携」の追求である。
沖縄なりの「戦後の越え方」
第4は、新しい沖縄の将来像についてである。「誇りある豊かな沖縄県」づくりをめざしたのは翁長氏である。その「豊かさ」の中身を今回玉城氏は更新したといえよう。つまり、上述のアイデンティティー論とも関係するが、沖縄のチムグクルで誰一人取り残すことのない「やさしい社会」や、多様なものを多様なまま包みこむ「やさしい社会」こそが沖縄的な豊かさである、と同氏は力説したのである。また、その「誇りあるやさしい社会」をつくっていくためには、中央からの補助金ばかりに頼るのではなく、アジア経済のダイナミズムを積極的に取り込んでそこから得た利益を社会の中でうまく循環させる、とも語ったのである。
「自立」のためには何よりも「誇り」が必要である。また「共生」のためには相互扶助の精神(ユイマール精神)が不可欠である。さらに「多様性」のある社会を実現するには寛容さが必要である。その「自立」「共生」「多様性」の3つを県政運営の柱にしていくというのが玉城氏の考えである。これは歴代県政が練り上げた「21世紀ビジョン」や「沖縄県アジア経済戦略構想」なども踏まえたものだが、玉城氏自身がこの3つの要素を体現しているところがあり、みずからの言葉で沖縄の将来像を明確に県民に示したことは、今回の選挙戦の1つの特徴であろう。この沖縄なりの「戦後の越え方」は、本土のそれぞれの地域がそれぞれ自前で「戦後の越え方」を模索する上でも、示唆を与えるものである(この「戦後の越え方」については雨宮昭一『協同主義とポスト戦後システム』有志舎、2018年を参照のこと)。
その意味では、今回の選挙は辺野古問題にとどまらず、「翁長路線」をアップデートした選挙であり、沖縄の将来像や可能性もみえてきた選挙であり、さらに「地域」を基盤にしてこの国の「新しいかたち」を皆で考えるきっかけを与えた選挙であったといえよう。
なお、敗北した自公維陣営は、これを機にみずから反省し、中央との関係のあり方も含めて沖縄の新しい将来像をぜひ練り上げていってもらいたい。
*本稿は10月5日付けの『沖縄タイムス』文化欄に掲載された拙稿を加筆・修正したものである。