荒唐無稽な「敵基地攻撃」論

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「台湾独立」と抑止力

ところが日本では、「ウクライナは明日の台湾」「台湾有事は日本有事」と喧伝され、防衛費のGDP1%や専守防衛、武器輸出の規制といった戦後日本の「三つの呪縛」を突き崩すべく現行の安全保障関連3文書の年内改定に向けて作業が進められており、そこでの議論の焦点が「敵基地攻撃」論である。敵のミサイル発射基地にとどまらず指揮統制機能(中枢)をも攻撃対象に据え、こうした能力を日本が保持することによって敵の攻撃を抑止する、という構想である。具体的には、「相手側に明確に攻撃の意図があって、既に着手している状況」において攻撃を加えるということであるから、例えていえば、ウクライナ国境地帯にロシア軍が大量に集結し攻撃に踏み切ろうとした段階で、ウクライナがモスクワに攻撃を加える、というイメージであろうか。

 ちなみに、本年9月8日に北朝鮮は最高人民会議で核兵器の使用条件に関する新たな法令を採択したが、そこでは「相手から攻撃や攻撃が差し迫ったと判断される場合」に核兵器を使用する、と定められた。この新たな使用条件について国際社会は、北朝鮮が「核の先制攻撃」に踏み込んだ、と評した。

 それでは、日本が敵基地攻撃能力を備えたとして、果たして中国の台湾侵攻を止める抑止力となるのであろうか。そもそも中国問題の専門家の一致した見方は、仮に台湾が独立を宣言すれば中国はいかなる犠牲を払っても軍事侵攻するであろうというものであり、従ってここではいかなる抑止力も全く機能しない。中国に対する見方が余りにも“甘い”と言わざるを得ない。しかし逆に言えば、問題の核心は独立か否かという、すぐれて政治外交的な問題にあることが確認されるのであり、関係諸国は独立への動きを抑えねばならないはずである。

ところが、8月のペロシ米下院議長による台湾訪問は情勢を一気に緊迫化させる結果を招いた。レガシーづくりのパフォーマンスは挑発行為そのものである。ところが、新たなマッカーシー議長も来春には議員団を引き連れて訪台すると報じられている。米議会で審議中の「台湾政策法案」とも相まって、こうした行為は台湾を文字通り独立国家として扱うという「一方的な現状変更」を意味し、中国側の激烈な反発を招き、台湾情勢は危機的な事態に直面するであろう。いずれにせよ、台湾が独立に踏み切れば中国は、それこそ毛沢東ではないが何億の人民が犠牲になろうが軍事侵攻することは間違いなく、日本がどれだけ敵基地攻撃能力を開発しても、それを抑止することはできないのである。

不可能な「敵基地攻撃」

次いで軍事技術的に言えば、敵基地攻撃はミサイルの発射基地を特定することが大前提であるが、中国の場合「地下の万里の長城」と称されるように長大なトンネル網の中に核兵器やミサイルが格納されているのであり(『Newsweek』 2019年1月15日)、発射基地を見いだすこと自体が事実上不可能である。さらに重要な問題は、米国の核問題の専門家の指摘によれば、通常兵器での攻撃であっても中国側は核抑止力への攻撃と解釈し核兵器による反撃に乗り出す、というのである。(ブラッド・ロバーツ『正しい核戦略とは何か』2022年)とすれば、日本が中国の基地に攻撃を加える場合は「核反撃」を覚悟しておかねばならない。しかし、政府・自民党・防衛省の議論をみるならば、そもそもこうした覚悟は微塵も見受けられない。

 また北朝鮮については、一連のミサイル発射にJアラートも対応できない現実を前に、例えば歴代政権で防衛外交関係の委員を担ってきた慶応大の神保謙教授でさえ、「移動式発射台が多くミサイルの発射を事前に探知して撃破するのは困難」であって、ミサイル防衛能力の向上を基本とすべきと指摘している。(『日経新聞』2022年10月5日)つまり、北朝鮮に対しても基地攻撃は現実として不可能なのである。ちなみに、同じく歴代政権の安全保障問題に深くかかわってきた北岡伸一・JICA理事長は、「北朝鮮にとって最も重要なのは、日本からの巨額の資金の獲得なので、対日攻撃の可能性は低い」と断じている。(『中央公論』2021年4月号)

この見方にたてば、Jアラートさえ不要、ということになろう。

ところで、これだけ北朝鮮の脅威が喧伝される一方で、岸田政権は「原発の最大限活用」を打ち出した。しかし、本年4月21日に自民党の安保調査会がまとめた敵基地攻撃能力の保有に関する「提言」はウクライナ情勢を受けて、「原子力発電所などの重要インフラ施設への攻撃など、これまで懸念されていた戦闘様相が一挙に現実のものとなっている」と指摘する。実はすでに、日本の原発が空からのミサイル攻撃に耐えられないことは明らかになっている。とすれば、日本の原発の6割近くが日本海側にあるという現状をも踏まえるならば、そもそも原発の再稼働など論外のはずである。今や政権党内で、エネルギー政策と防衛政策が、まさに支離滅裂の状況を呈している。

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