荒唐無稽な「敵基地攻撃」論

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台湾抜きの「台湾有事」論

それでは、いわゆる台湾問題それ自体をいかに捉えればよいのであろうか。台湾有事を日本有事に直結させる議論が展開されているが、そもそも1972年の田中角栄首相の訪中以来、日本は事実上「台湾は中国の一部である」という立場をとってきた。また米国も同様の立場を維持してきた。この限りにおいて、台湾問題は中国の「内政問題」との中国側の主張を否定できないのである。もちろん、台湾が事実において中国から独立していることは間違いないが、しかし日本は外交的な承認を与えている訳でもないし、ましてや同盟関係にある訳でもない。とすれば、仮に中国と台湾との間で戦争が生じても、それを「内戦」として把握することも可能であろう。

 もっとも、在日米軍が安保条約6条の極東条項に基づいて「参戦」する場合には、日本も巻き込まれる恐れがある。しかし、そもそも米国は中国との全面戦争に至る危険性を孕んだ戦争に加担するであろうか。ウクライナ戦争に示されるように、核大国ロシアと直接に戦争状態に入ることを避けている米国の基本路線を見るならば、「台湾有事」でも米国は大規模な兵器の供与は行うであろうが、あくまでも「アジア人同士を戦わせる」という選択を行う可能性が高い。仮に、真に台湾防衛のために中国と対峙する決意があるならば、米国は台湾に米軍基地を設置するべきであろう。

 それでは、他ならぬ台湾の世論状況はいかなるものであろうか。先日の地方選挙では国民党が勝利したが、投票日当日(11月26日)にジャーナリストの近藤大介氏の取材を受けた50代男性の大学教授による以下の発言は、問題の本質を鋭く突くものと言える。(『現代ビジネス』11月29日)

「今日は国民党に投票した。今回の選挙でわれわれが重視するのは、バランスだ。いまにも中国と戦争を起こしそうになっている蔡英文総統の背中を、われわれ台湾の有権者が引っ張らないといけないのだ。なぜなら蔡英文政権がいま中国と行っているのは、「不要なケンカ」だからだ。8月に蔡総統がペロシ下院議長を台湾に呼んだ時、「熱烈歓迎の声ばかりがマスコミに取り上げられたが、多くの台湾人が、冷や汗をかいた。あんなことをすれば、中国が怒るに決まっているではないか。実際、中国は過去にない軍事演習を台湾海峡で行い、台湾危機が起こった。」

  「台湾を絶対に「アジアのウクライナ」にしたくない。このことは、2300万台湾人に共通している。ではなぜ、ウクライナ戦争が起こったか?それはゼレンスキー大統領があまりにNATOに近づきすぎて、プーチン大統領を本気で怒らせてしまったからではないか。同様に、台湾にもバランスが必要なのだ。アメリカとの連携は大事だし、武器輸入も必要だ。だが、あまりにアメリカに近づきすぎて中国を怒らせると、「アジアのウクライナ」になってしまう。それだけは避けないといけない」

 この教授は米台中の間の緊張関係を「不要なケンカ」と喝破した。もちろん教授の見解にはヴァイアスがかかっている側面も否定できないであろうが、台湾の多くの人びとが台湾を「アジアのウクライナ」にしたくない、戦場となりたくないと考えていることは間違いないであろう。とすればここで重要なことは、「台湾有事」が喧伝され煽られる際に、実は当事者である台湾人が何を考えいかなる道を選択しようとしているのか、という肝心要の問題への考察が欠落していることである。つまり、台湾抜きの「台湾有事」論が一人歩きしているのである。

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